月明かりの旅路で
#オクトラ #小説 #ヒカアグ
宵闇に月が青白く光り、森道は薄く照らされ、足元に影を落とした。
吹く風に枝葉を揺らした木々がザアザアと鳴き、その声に駆り立てられるような心地になりながら、ヒカリは汲んだばかりの水が入った桶を抱えなおしてから歩き出す。
草履越しに感じる土層された道の感触が、砂に覆われた祖国のそれとは随分と違うことに自然と眉間に皺が寄る。
随分と遠くへ来たようだった。
(早く、戻らねば……)
騒めく森道を、水を零さないよう慎重に歩き、木々に月明かりを遮られることがない比較的開けたその場所へ向かった。
「…………」
広場に戻ると、亜麻色の癖髪を三つ編みに結った娘が胸の前で手を組み、どこか不安気に辺りを見渡していた。
既に焚き付けられた火が、彼女の足元を赤く照らしている。
「……アグネア、戻ったぞ」
「あ、ヒカリくん! おかえりなさい」
言い慣れない名前をぎこちなく呼べば、振り返った彼女はヒカリを見て安心したように笑った。
リーフランド地方の森の奥に位置する、クロップデールという小さな村で出会った少女、アグネア・ブリスターニ。
村に立ち寄った際、彼女の落とし物を偶然拾ったことをきっかけに、成り行きで旅を共にすることになったのが、ほんの少し前。
「一人で待たせてすまなかった」
「ううん、へーき! この辺りは魔物もいないみたいだし……。それよりあたしこそごめんね。ヒカリくん一人に任せちゃって……」
「いや、これくらいは構わぬ」
村を出て既に半日程は森道を歩き続けているが、次に目指す荒野の町オアーズラッシュまではほど遠い。
今宵は星空の下で野宿をせざるを得なくなったわけだが。
「疲れてはいないか?」
「全然!体力には自信あるから」
自身だけならば兎も角、娘が慣れない野宿をするのは何かと不安もあるだろうと声を掛けるが、どうにも彼女は愉しげだ。
「なんだかわくわくするなぁ」
「わくわく……?」
「うん! あたし、昔から男の子に混ざって遊び回っていたから。冒険って、何だか胸が踊るの」
「ほう……」
アグネアは年相応の愛らしさがある娘だという印象であったが、話を聞くにお転婆なところがあるらしい。
一人で旅に出るというのだから、ある意味ではその通りなのだろう。そう思うと先の発言には少なからず納得するものがあり、ヒカリは興味深く思いながら小さく頷く。
「あたし……、いつか母さんみたいなスターになったら、この旅を歌にして、世界中の人達に聴いてもらうんだ」
「……まだ、始まったばかりだがな」
「そういう意気込みってことで!」
アグネアは踊り子として皆を幸せにするのが夢だと、道中で話してくれた。
この半日の間にも「簡単なものだけど」と言いながら披露してくれた彼女の舞や歌は、踊りに明るくないヒカリの胸さえも熱くさせる程に見事なもので……。
旅に夢を膨らませ、楽しそうに語る彼女は酷く眩しい。
彼女の目指す道の先は、きっと、明るく希望に満ち溢れている。
ヒカリとは正反対の輝かしい光の中に、彼女はいる。
「そういえば、ヒカリくんはどうして旅に出ることにしたの?」
「え……?」
突然彼女から切り出された問いに、思わず身を固くした。
「あ、ほら! 一緒に旅をする仲間なんだから、お互いのことはちゃんと知っておいた方が良いんじゃないかなって……」
ヒカリの反応に気不味く感じたのか、少し狼狽えた様子のアグネアにヒカリの方も気不味くなる。
「それは……」
砂に覆われた祖国は、兄王の謀略により大火に包まれ地獄へと姿を変えた。
国を追われ、謀反を起こした張本人という噂が広まる中、無闇に素性を明かす訳にもいかない。
しかし、共に旅をするのに素性を明かさないままでは彼女を不安にさせるだけだろう。
「……ヒカリくん?」
「すまない……今は、まだ言えない」
「……そっか。じゃあ、無理には聞かないね」
柔らかく笑った彼女にヒカリは思わず目を瞠る。
「不審に思わないのか?」
「え?」
「こんな、素性も知れぬ者と旅を共にするなど……。不安だろう」
そう告げれば、彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返し、それから少し考えるような素振りを見せる。
「うーん……。それはない、かな」
「え……?」
「だって、ヒカリくんはそんなふうにあたしのこと心配してくれるから」
「お財布拾ってくれたし」と彼女が笑いながらそう言って退けるものだから、ヒカリは呆気に取られて言葉を詰まらせる。
「ヒカリくんは優しいね」
まだたった半日程の旅路で、彼女はヒカリの何を見てそう判断したのか。
「そなたは、もう少し警戒心というものを持った方が……」
「だから、そういうところだべ」
アグネアはそう言ってから、あ、と両手で口元を抑え、それからその頬がほんのりと赤く染まる。
その聞き慣れない訛り言葉はクロップデール特有のものであり、気が緩むとうっかり
出てしまうのだと彼女は話していた。
つまり、少なからずヒカリに対して気を許してくれているという証拠であった。
「お財布拾ってくれたのが、ヒカリくんで良かった」
彼女の言葉の一つひとつが、冷えた胸に火を灯していくようだった。
何故だか居た堪れない気分になり、そっと彼女から視線を外すと、くすくすと小さく笑う声が耳をくすぐった。
顔が熱い、気がする。
「でも、いつかヒカリくんが話しても良いって思えた時は、教えてね」
「ああ……。ありがとう、アグネア」
頭上には空を遮る木々もなく、宵闇に浮かぶ月は、寄り添うように二人を静かに照らしていた。畳む
#オクトラ #小説 #ヒカアグ
宵闇に月が青白く光り、森道は薄く照らされ、足元に影を落とした。
吹く風に枝葉を揺らした木々がザアザアと鳴き、その声に駆り立てられるような心地になりながら、ヒカリは汲んだばかりの水が入った桶を抱えなおしてから歩き出す。
草履越しに感じる土層された道の感触が、砂に覆われた祖国のそれとは随分と違うことに自然と眉間に皺が寄る。
随分と遠くへ来たようだった。
(早く、戻らねば……)
騒めく森道を、水を零さないよう慎重に歩き、木々に月明かりを遮られることがない比較的開けたその場所へ向かった。
「…………」
広場に戻ると、亜麻色の癖髪を三つ編みに結った娘が胸の前で手を組み、どこか不安気に辺りを見渡していた。
既に焚き付けられた火が、彼女の足元を赤く照らしている。
「……アグネア、戻ったぞ」
「あ、ヒカリくん! おかえりなさい」
言い慣れない名前をぎこちなく呼べば、振り返った彼女はヒカリを見て安心したように笑った。
リーフランド地方の森の奥に位置する、クロップデールという小さな村で出会った少女、アグネア・ブリスターニ。
村に立ち寄った際、彼女の落とし物を偶然拾ったことをきっかけに、成り行きで旅を共にすることになったのが、ほんの少し前。
「一人で待たせてすまなかった」
「ううん、へーき! この辺りは魔物もいないみたいだし……。それよりあたしこそごめんね。ヒカリくん一人に任せちゃって……」
「いや、これくらいは構わぬ」
村を出て既に半日程は森道を歩き続けているが、次に目指す荒野の町オアーズラッシュまではほど遠い。
今宵は星空の下で野宿をせざるを得なくなったわけだが。
「疲れてはいないか?」
「全然!体力には自信あるから」
自身だけならば兎も角、娘が慣れない野宿をするのは何かと不安もあるだろうと声を掛けるが、どうにも彼女は愉しげだ。
「なんだかわくわくするなぁ」
「わくわく……?」
「うん! あたし、昔から男の子に混ざって遊び回っていたから。冒険って、何だか胸が踊るの」
「ほう……」
アグネアは年相応の愛らしさがある娘だという印象であったが、話を聞くにお転婆なところがあるらしい。
一人で旅に出るというのだから、ある意味ではその通りなのだろう。そう思うと先の発言には少なからず納得するものがあり、ヒカリは興味深く思いながら小さく頷く。
「あたし……、いつか母さんみたいなスターになったら、この旅を歌にして、世界中の人達に聴いてもらうんだ」
「……まだ、始まったばかりだがな」
「そういう意気込みってことで!」
アグネアは踊り子として皆を幸せにするのが夢だと、道中で話してくれた。
この半日の間にも「簡単なものだけど」と言いながら披露してくれた彼女の舞や歌は、踊りに明るくないヒカリの胸さえも熱くさせる程に見事なもので……。
旅に夢を膨らませ、楽しそうに語る彼女は酷く眩しい。
彼女の目指す道の先は、きっと、明るく希望に満ち溢れている。
ヒカリとは正反対の輝かしい光の中に、彼女はいる。
「そういえば、ヒカリくんはどうして旅に出ることにしたの?」
「え……?」
突然彼女から切り出された問いに、思わず身を固くした。
「あ、ほら! 一緒に旅をする仲間なんだから、お互いのことはちゃんと知っておいた方が良いんじゃないかなって……」
ヒカリの反応に気不味く感じたのか、少し狼狽えた様子のアグネアにヒカリの方も気不味くなる。
「それは……」
砂に覆われた祖国は、兄王の謀略により大火に包まれ地獄へと姿を変えた。
国を追われ、謀反を起こした張本人という噂が広まる中、無闇に素性を明かす訳にもいかない。
しかし、共に旅をするのに素性を明かさないままでは彼女を不安にさせるだけだろう。
「……ヒカリくん?」
「すまない……今は、まだ言えない」
「……そっか。じゃあ、無理には聞かないね」
柔らかく笑った彼女にヒカリは思わず目を瞠る。
「不審に思わないのか?」
「え?」
「こんな、素性も知れぬ者と旅を共にするなど……。不安だろう」
そう告げれば、彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返し、それから少し考えるような素振りを見せる。
「うーん……。それはない、かな」
「え……?」
「だって、ヒカリくんはそんなふうにあたしのこと心配してくれるから」
「お財布拾ってくれたし」と彼女が笑いながらそう言って退けるものだから、ヒカリは呆気に取られて言葉を詰まらせる。
「ヒカリくんは優しいね」
まだたった半日程の旅路で、彼女はヒカリの何を見てそう判断したのか。
「そなたは、もう少し警戒心というものを持った方が……」
「だから、そういうところだべ」
アグネアはそう言ってから、あ、と両手で口元を抑え、それからその頬がほんのりと赤く染まる。
その聞き慣れない訛り言葉はクロップデール特有のものであり、気が緩むとうっかり
出てしまうのだと彼女は話していた。
つまり、少なからずヒカリに対して気を許してくれているという証拠であった。
「お財布拾ってくれたのが、ヒカリくんで良かった」
彼女の言葉の一つひとつが、冷えた胸に火を灯していくようだった。
何故だか居た堪れない気分になり、そっと彼女から視線を外すと、くすくすと小さく笑う声が耳をくすぐった。
顔が熱い、気がする。
「でも、いつかヒカリくんが話しても良いって思えた時は、教えてね」
「ああ……。ありがとう、アグネア」
頭上には空を遮る木々もなく、宵闇に浮かぶ月は、寄り添うように二人を静かに照らしていた。畳む
#オクトラ #自作ぬい
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服:てづくり推しぬいBOOK~お洋服編~